日本文化の美に魅せられ、収集しているうちにどんどん数が増えていきました。
 現川焼
肥前国杵島郡矢上村字現川で、元禄年間1688〜1704年に諫早市の城下町の
御庭焼で寛保年間1741〜1744年に廃窯した(幻の現川)。
明治期に古現川として再興したが廃窯した。昭和初期に三川内の横石臥牛が
再現をし、現在に継承している。

(1)幻の現川

(2)幻の現川

(3)現川

 鍋島焼
佐賀鍋島藩の御用窯として興り、寛永年間1624〜1644年に有田岩田川内が最初で
その後柿右衛門様式を焼き、南川原へ。延宝年間1673〜1681年に大川内山の御用窯で焼かせた
精巧な磁器で最盛期を迎えた。
明治維新まで藩窯として継続したと云う。

(1)鍋島 中皿

(2)鍋島色絵 中皿

(3)鍋島 中皿

(4)鍋島 大皿

(5)鍋島 中皿

(3)鍋島 小皿 五枚組

 亀山焼
長崎市伊良林町垣根山(大窪山)の大神某がオランダ人相手に焼き始めた。
1804〜1817年に築き、極上の呉須に一流の絵付が国内外にも人気を博したが、
採算が合わず経営不振となるが、長崎奉行がこれを保護し奨励したが、次第に衰え、
また坂本龍馬の死もあり約50年間で終わり、幕末に廃窯した。
商品としては幕府献上品・諸藩の注文品が主要で製品の種類は多種多様で
中国にも輸出された。

全国的には古伊万里に比べ、製品の数があまりにも少なく、特に長崎は原爆による被害で
商品が市中に放出し、出回らないために売買取引(オークション)がなく、価値観は
さほどでもないが、高価である。
幕末の勤皇の志士坂本龍馬が1865年に創設した、全国初の商社である
「亀山社中」と大変縁が深い。
龍馬の暗殺がなければ世界的に有名になったであろうが残念である。

(3)亀山の茶入

(4)亀山焼(硯)

(5)亀山焼(皿)

(6)亀山焼(水注)

(7)亀山どんぶり

(8)亀山焼(筆立に筆洗い)

(9)亀山焼(夫婦茶碗)

(10)蘇州亀山焼(盃)

(11)亀山焼(大黒様の珍品)


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